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2020
2006年からコツコツと工事を始めて、やっと牧場らしい形が整ったのが2008年。
この年の春に、グリーンウェイランチの馬の基礎を作ったわが愛馬(Gunners Moll)が
出産したグリーンウェイランチ産の第一号がウィリーでした。
馬と関わった年月は長いものの、子馬が産まれたその日から毎日接して
成長を見続ける経験は、私にとってこの子が初めてでした。
晴れて牧場主にはなりましたが、
馬の管理や牧場の運営方法など、全てが手探り状態で何もかもが未熟。
その未熟さは、できたての馬房の新しさや、今より若く見える自分自身からも伺えます。
子馬が産まれると登録する為に馬の名前を考えるのも一苦労。
この子馬はとても腰が強くて、生まれて間もない時から後ろ足で立ち上がって歩き、
その姿がバイクの後輪走行を連想させたので、登録名は父親の名前を少し使って
それにウィリー(Wheelie)を加えました。
ウィリーの後に、グリーンウェイランチでは9頭の子馬が生まれていますが、
自分が全責任を背負って飼育する初めての子馬の誕生に、緊張もひとしお・・・
出産予定日を一ヶ月と控えたモールを放牧地から馬小屋へ移動して
馬房での管理を開始しました。
獣医学書を読み、万全を期して馬の出産に挑んだ訳ですが、
モールは予定日より2週間早くさっさと一人で出産を済ませ
朝、馬房に行ったらまだいるはずのない子馬が元気にお乳を飲んでいました。
ウィリーは健康そのもので手がかからず
12歳になった今に至るまで、怪我や病気とは無縁の孝行馬。
そんな思い出を私に残して、先日ウィリーは新しいオーナーの牧場へ
旅立って行きました。
人と人が縁で結ばれるのと同じように
私は人と動物の間にも縁があると思っています。
それは人と人の縁の中から生じることも多く
ここに書く、人と動物の縁は1年かけて実ったものでした。
ウィリーの新しいオーナーになったのは高校2年生のリリー。
去年、一人で忙しくしている時に友人がリリーを紹介してくれて
学校が休みの時にお手伝いに来ました。
黙々と働き、馬が大好き、純粋で素朴な人柄に好感を持ちました。
私はお礼にと、
リリーが訪れると、ウィリーに乗ってもらいました。
彼女はウィリーの事を初めて乗った時から気に入り、
ここへ来る楽しみの一つになりました。
リリーは自分の家でも馬を飼っていたのですが
長いこと時を共にしたその愛馬を去年の暮れに突然亡くしてしまい
気の毒なくらいにその傷は癒えないでいたようです。
その出来事は、友人の連絡で知り、
それからしばらくリリーがここへ来る事はありませんでした。
そして、2020年が明けた1月半ばの事です。
リリーを紹介してくれた友人がご主人とリリーの3人で
グリーンウェイランチを訪れました。
日々、忙しい中での突然の来訪だったので経緯は覚えていませんが、
気落ちしているリリーを励ますために、ウィリーに乗せてやって欲しい・・・、
といったような内容だったと思います。
久しぶりに会ったリリーの表情は硬く
「大丈夫?」
と聞く私に、はにかみながら一言
「はい。」
と答え、私はその先の会話を続けることができませんでした。
愛馬を失う経験は私もしているので、そのつらさは十分察せます。
その日に撮ったリリーとウィリーの写真を友人が送ってくれました。
つい先日あった出来事がなければ話はここで終わりになりますが、
愛馬の死からリリーの落胆ぶりは長く続き、それを見かねた友人夫婦が
最後に会った時から、4ヵ月ぶりに牧場へ訪れました。
そして突然ウィリーの事を話題にしてきたので、正直戸惑いました。
話はほとんど一方的でしたが、
友人夫婦のリリーを救ってあげたい、という思いは十分伝わってきました。
他にも馬を探したけれど、リリーをもとに戻せるのはウィリーだとも言われ、
私もリリーがウィリーの事を好きなのは以前から知っているので
社交辞令でないのは分かりました。
ただ、私は交渉事に情を絡められると妙に引いてしまうところがあります。
なぜなら、自分自身が情にもろく、可哀想な話を聞くと同情して
振り回されるのを知っているからです。
ところが、ほとんど強引と言えるほどに熱心に語られたのと、
ウィリーを望んでいる人は馬を大事にしてくれる人だというのは知っていて
ウィリーを転売することはなく、生涯リリーの自馬として手元に置き、
馬の幸福と健康を第一に考えて飼育管理を行うと約束してくれたので
迷いはあったものの、ウィリーを手放すことを決心しました。
話し合いが成立した翌日、
ウィリーを自分の牧場へ移動するためにリリーは親の運転するトレーラーで
迎えに来ました。
私は、AQHA(American Quarter Horse Association)の
馬の名義変更同意書にサインしたウィリーの登録書をリリーに渡し
それを手にした彼女は、新しいオーナーが記入する欄を緊張しながら
埋めていたのが印象的で微笑ましく思いました。
まだ高校生の彼女には、このような書類の扱いは慣れているはずもなく
私は大事に育てた馬の重みを、この作業で感じてもらえたような気がしました。
最後に放牧地へウィリーを取りに行くとき、
リリーとウィリーの縁を繋げた友人夫婦、リリーの両親、研修生の園花さんと私で
その様子を見届けました。
リリーは新しく自馬になったウィリーのための引手とムクチを手に持ち
少し躊躇しながら放牧地に入りました。
ウィリーは物珍しそうに大勢の人を見ながら大人しく立っていましたが、
なかなか馬に近寄ろうとしないリリーに
「自分の馬になったんだよ。 堂々と馬に近づきなさい。」
という声がかかり、それに促されてウィリーに近づいた後
ムクチを付けて静かに馬を放牧地の外へと引いてきました。
その様子を見守った人たちが写真を撮り始めたので、
なにかの一シーンを見ているような気がしました。
その日の夕方、家で休んでいるとウィリーが無事に家に到着してとても落ち着いて
トレーラーから降りたという内容とお礼の言葉、そして写真が届きました。
外は日が沈み、家の中は暗くなったのに私は電気を付けることも忘れて
ソファに座ったまま、今日の出来事にまつわる様々な流れを思い出していました。
ウィリーがグリーンウェイランチで過ごす最後の日の写真を見ながら
自馬になったウィリーの隣に立つリリーの笑顔を見て、感慨深い思いに浸りました。
2020/05/28 3:57:57 | リンク用URL
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